視察:医療法人直志会 袋田病院 アートフェスタ2019

医療法人直志会 袋田病院の理念

精神医療(精神病院)の歴史的経緯や構造的問題を真摯に洞察しながら、決して時代の思潮や政策誘導に無批判に追随することなく、新しい時代に要請される精神医療を創造的に実践していくこと。

引用サイト:https://www.fukuroda-hp.jp/index.html

 

茨城県久慈郡大子町にある袋田病院へ行ってきました。鮮やかな紅葉に囲まれた山間の町に佇む、単科の精神科病院です。同病院が主催するイベント『袋田病院アートフェスタ2019』を見学させて頂きました。

先の台風19号の影響で鉄道橋が崩落するなど甚大な被害を受けた大子町でしたが(アートフェスタも約1か月延期、全2日間の日程が1日に短縮されました)、見学当日の町並みはとてものどかで、既に撤去された後だったのか、被害を想起させるようなものは見当たりませんでした。しかし影響は確実に残っており、アートフェスタの会場も例年よりは静かで、落ち着いた雰囲気、とのこと。

 

いざアートフェスタへ
恐竜の看板に導かれ、ちょっとした坂道を上ると、ぱっと見ではオフィスビルのようにも見えるモダンな外観の建物、袋田病院が見えてきました。

正面入り口前の広場には舞台が設置され、利用者さんやスタッフの方が生演奏でライブを披露していました。病棟の屋上からつるされた巨大なビニールシートにはトレードマークである恐竜(ティラノサウルス?)のシルエットが切り抜かれていました。カレーショップなどの出店もあり、坂道の途中や広場には、就労支援事業で使われた“落花生のカラ”を利用した作品『何かが聞こえる ~声なきこえ 形なきちから~』が展示されていました。

 

新病棟の展示について
現在使用されている新病棟は文字通り新しい建物ということだけあって、外も中もとてもキレイでした。

医学のシンボルカラーとでも言うべき白を基調とした診察室を、美術館のホワイトキューブ(白一色の壁面で出来た空間。余計なノイズを排除した展示スペースを指します)に見立てた個展「桜井 育男」では、桜井さんの描くイヌ? タヌキ? ……いろいろパターンがあるようですが、私には違いがあまり分かりませんでした 笑。

とにかく彼の描く動物のキャラクターが可愛らしく、また新病棟以外に、デイケアのアトリエにも作品は展示されていて、隠れ〇ッキーを探せのようで、見つけた時は一人でテンションが上がっていました。

同じホワイトキューブの個展「Stainedglass Exhibition」も印象的でした。ステンドグラスの作者のKaGさんはもともとデイケア“アトリエ ホロス”を利用されていた方でした。

のちにアーティストとしてアトリエから独立したKaGさんは、今度はプロとして、教える側として、再びホロスを訪れ、利用者さんのためにワークショップを開いたことがキャプション(説明文)に書かれていました。アートによる自立支援とでも言うべき、一つの形・流れが可視化された展示となっていました。

袋田病院理事長 的場先生の作品「豊饒なる流転」もとても印象的でした。“生と死”とそれを象徴する霊安室をテーマに、社会的入院によって病院の中で亡くなっていく患者さんの死に想いを馳せることで、今生きている人はどうなのか、を問い直す展示です。今年は先の台風で被害にあわれた方々に対する追悼のメッセージも込められていました。

精神障がい者の“終わりの時”は、統合失調症だった伯父の晩年のキーパーソンをつとめ、その最期を見送った私にとっても重要なテーマで、私はどうしても“終わりの風景”に想いがいってしまいます。袋田病院のブログから、的場先生のインタビュー記事を以下に抜粋します。インタビューは2015年度のものですが、今日(2019年)まで先生の作品に対する一貫したテーマが語られています。

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霊安室をどうしていくかと考えた時、そこにアートの視点をもってくる事で、無難な収め方ができなくなる訳ね。

白い壁・机・花があって、そういう無難な形のが当然楽、誰も文句を言わない。でもそこにアートをもし導入したら、例えば先日職員から、「ふさわしくない」「遺族の人の気分を害さないか」とか、色々考えが出てきて。

でも色々考える為には、アートというものをツールとして患者さんを、「おくっていく」とはどういうことなのか、それを考えて欲しかったんだよね、職員に。

それで、当然「おくる」為には生前どうケアしていくか、ケアしてきたか。その延長に「おくる」ということがある。

だから単にアートするのではないわけだよ。

どう生前関わるか、関わったか。それを考えて欲しい。死を考えるためには生を考えてなきゃいけない。

精神科病院の中で亡くなっていく、そこを我々はどう関わりケアしていくか、その象徴が霊安室だ、と。文化をつくるという。そういうことなんだよね。

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私は、精神障がい者の家族として、“彼”をおくった身として、的場先生の「どう生前関わったか、それを考えてほしい」という言葉が耳に痛かったです。

「豊饒なる流転」の展示空間に漂う、神秘的でありながら寂寞とした空気は、伯父の“終わりの風景”を目にした時に私が感じたことと、どこか通底するモノがありました。

 

旧病棟の展示について
看護課の作品「なんだか変な感じ (Somhow strange)」は、初見のインパクトが一番大きかった作品です。

広間(かつての大部屋、居室スペース)に展開された、上下が反転した世界。天井に逆さまに立っている、新聞紙で出来た人の像とテーブル。患者さんが感じる、幻覚の世界を再現した展示でした。ふと窓の外を見ると、建物の壁にこれまた重力を無視して真横に立つ人型の像があり、思わずぎょっとしました。

実際にこのように見えているわけではなく、あくまでも看護師の方がイメージする幻覚世界ですが、もしこれに似たモノが、日常の何気ない瞬間に見えてしまったとしたら……。確かに恐ろしいなと思わせる、迫力のある展示でした。

旧病棟では他に保護室の展示があり、いたるところに患者さんが壁にあけた穴があって、光のあふれた新病棟とは対照的に、全体的に“影”を感じさせる展示が多くありました。

 

Artist In Residence(AIR)の展示について
『AIRとは、アーティストがアトリエ以外の特定の地域や施設で一定期間滞在しながら制作活動をする事業の名前です』

『袋田病院 AIRは、ゲストアーティストが袋田病院院内にて、2ヶ月間の 滞在制作を行うアート事業です。患者、病院利用者、医療スタッフとの 日々の関わり合いのなかからインスピレーションを受け、作品制作を行います。(袋田病院ブログより引用)』

AIRの一環として、オランダの社団法人ビューティフル・ディストレス(=美しい苦悩)から派遣されたアーティスト、宮地幸さんとニナ・グロックナーさんの作品は新病棟、旧病棟でそれぞれ展示されていました。

新病棟のホワイトキューブ・個展「建築ポートレイト」は、病院の建物のキズやシミなど、何かが起こった痕跡をハンドスキャナーで写し取り、写真にした展示となっていました。

最初に見た印象では、よく分からなかった、というのが正直な感想ですが、キャプションには『~時に話を聞きながら』作業を行ったとあり、その聞き取った話も文章にして展示していただけたらもっと分かりやすかったかな、と思いました。

旧病棟に展示されていた作品は、その名も「仕事をしたくないとき、どうしたらいい?」でした。同様の問いかけを患者さんに投げかけられたアーティスト二人が出した答えは、ゴミとして大量に捨てられるペットボトルの“フタ”を利用したゲームでした。

事務机に板を斜めに立てかけ、その先に赤や黄色、青などいろんな色をしたゲートを設置。そして同じ色のゲート目掛けてフタを転がし(赤いフタなら赤い色のゲート)、いくつ入ったか個数を競うミニゲームになっていました。

単純な内容ですが意外と難しく、コツがいるゲームで楽しめました。子どもなら、夢中になってやるかも知れません。そばに置かれたIpadから大量のフタを洗う様子が映像で流れていて、ざざーっというすすぎ洗いの音が空間に響き渡り、不思議な雰囲気を醸し出していました。

 

アトリエ ホロスについて
ホロスの裏手に設置されていた足湯コーナーが最高でした。裏山に続く森の一角で、ちょっとした舞台も隣接されていて、そこにギター片手にふらーっとやって来た患者さんが“15の夜”を熱唱されていました。自然+足湯+生歌、ある意味これ以上ないというくらいに贅沢な空間に仕上がっていました。

 

フォレストアートについて
袋田病院のOT造形教室のメンバーが切り開く裏山は、よく手入れされた、きれいな里山でした。森の中に、ナイトや妖精などのファンタジーな内容の切り絵が展示されていましたが、展示そのものよりも人の手の行き届いた森のほうに目が行きました。

これだけの広さ(正確には分かりませんが奥にある茶畑と合わせると400mトラック分くらいの広さはあったと思います)を管理するのはかなり大変だったのではないでしょうか。

居合わせたスタッフの方に話を聞いたところ、森の開拓には作品作りを行わない患者さんも参加されているそうで、名前(作品)がなく、表には見えなくても裏側からアートフェスタを支えている人たちの存在を知ることができる貴重な展示空間になっていました。

歴史を真摯に洞察する袋田病院ブログ、アートフェスタ2018より、第五会場“メンタルサポートステーションきらり”に関して、アートフェスタ実行委員長の現代美術家 上原さんのインタビュー記事を以下に抜粋しました。

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去年は第3会場までだったのですが、今年は第5会場まで規模が拡がりました。単に規模が大きくなったという事だけでなく、今回は大子町の中心である常陸大子駅、その駅前のメンタルサポートステーションきらり(第5会場)を今回のアートフェスタのハブ(中心地、結節点)としました。これは凄く意味がある事で、今まで日本全国でみられてきた・みられる?現象ですが、最も社会や地域から遠くに置かれた・追いやられていた「精神病院」や障害当事者といわれるハンディキャッパーの人たち、言い換えれば、「中心」から「外側」に排他・排除されてきたとも云える人たちと地域とを結ぶ・繋げる、これが今回のアートフェスタの裏テーマでもありました。その象徴として今回大子町の中心にある駅前の「きらり」をハブ化したわけです。

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かつて精神科病院は、隔離収容という名分の下に、精神障がい者を強制的に、人里離れた立地の精神科病院へ収容しました。精神科病院を囲う豊かな森は、彼らを守り――あるいは彼らから(社会を)守り、鎮めるための“鎮守の森”でした。

 

「中心」と「外側」を隔てる壁だった森をしかし、上原さんはアートによってまったく別の視点からとらえなおしました。同じアートフェスタ2018のインタビュー記事より、OTのフォレストアートについて。

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【平井】今年初めてフォレストアートというものを、あの林の中でのアートという形で見せてもらったんですけれども、その辺も上原さんは関わっていたんですか?

【上原】これ面白いポイントなんですけど、関わったとも言えるし関わっていないとも言える。これは難しいかな。この場所でしかできないことって何なのか、考えたら面白いことができるよってアドバイスをしたんです。それが裏庭を使ったアートだった。袋田美術館と言ってもいいと思うんだけど、美術館に対抗しても勝てるわけがないじゃないですか。だとしたら袋田病院の場所とは何なのかなと考えてみたらとアドバイスした。森の中にある、山の中にある小さい病院だからこそ出来る、街にある病院ではできないことがあるんですよと。ここだから故に、袋田病院だからこそ、というような感じです。

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負の歴史の一種の象徴だった森を拓く――アートすることによって、「外側」から「中心」に向かって、病院を“開放”する。そしてフォレストアートは、2019年度も継続して行われ、新たな歴史を紡いでいく、そのただ中にあります。

 

治療文化の中にアートを
医療とアートを考える会は、院内の作業療法の現場で生まれた造形作品の展開について考えることを目的に設立された任意団体です。

長期入院している患者さんの作品をどうするのか。院内を起点に院外へ、社会へどうつなげていくか。現在、鋭意模索中です。

院内のアートについて。的場先生は下記のように仰っています。袋田病院ブログ、アートフェスタ2018より。

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【的場】展示のメインはアトリエホロスだったり外来の患者さんだったりで、入院患者さん120人の中の何人の患者さんにアーティスト性を見出せる人がいるかって言うと極々僅かですよ。まぁそこら辺がもう看護部にとったらアートって遠いんですよ。戦場でアートどころじゃないと言ってもいい。あれはあくまでも退院して外来でホロスに通っている人達のことだと考えがちになる。だからこれから先、僕が行き詰ってくると思っている部分は、病棟の治療文化の中にどれだけアートが浸透してくるかということ。それがアートフェスタの中核的なものだと感じている。看護部は本丸なんですよ。保護室がこのコアな部分だと言いながらそこを活かしきれないっていうのは、もう裏表なんだよね。それは、一番関わってたにも拘わらず。

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的場先生は看護部と限定されていますが、「アートどころじゃない」という考え方は、袋田病院ならずとも精神科病院の、あるいは院内の精神科作業療法の現場全般に言えることではないでしょうか。仮にそこが「戦場」だとするのなら、なおのこと精神科医療の現場にはアートが必要になってくるのではないでしょうか。

ベトナム戦争中の「従軍画家」の描いたドローイングを集めた展示作品「光と信念:ベトナム戦争の日々のスケッチ」の作者ディン・Q・レ氏は、戦時のアートについて、インタビューでこう答えています。(※一部、省略)

『ベトナム戦争は あまりにも長く続いた戦争だったから血まみれの場面なんてみんな描きたくなかったのか、「戦いと戦いのあいだにある時間」を描いているんです。地べたに座っている人、そのへんをブラブラ散歩している人、軍服を脱ぎ捨てて川で水浴びをする若い兵士たち、ハンモックでふるさとの誰かに手紙を書く兵士‥‥。むしろ、彼らが描こうとしていたのは、そのような場にあっても、いかに、人々が「ふつう」であろうとしたか。描かれた人物の顔を見ると 「ふつうの暮らし」への憧れだったり、戦争終結への願い、希望‥‥。(引用サイト:ほぼ日刊イトイ新聞)』

戦場という非日常の中にあっても、つかの間訪れる平穏な時間に“希望”を見出すのは、アートに他ならないのですから。

 

編集:津波古 祥太

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